| 2001年6月 フィンランドのティーン向け音楽雑誌 SUOSIKKI 6/01号 来日こぼれ話-フィンランド版- TEXT+PHOTO:Timo Isoaho TRANSLATION:Keiko and her friend | ||||||
suosikkiの記事から一部抜粋して翻訳してあります。文章がうまくつながってなくてごめんなさい。 CHILDREN OF BODOM BACK TO THE FUTURE | ||||||
成功に終わったソウルでのライブの後、夜はHard Rock Cafeにてパーティ。 この夜、Akuは何故かAlluの上に激突し、Alluは病院に運ばれる。 Alluはあばら骨を痛め、手術を受ける。 (Burrnのこぼれ話しには「腰」って書いてありましたけど、あばらです。) 実際のところ、あばら骨を3本折り、日本でのライブはキャンセル寸前。 | ||||||
| やっと日本へ | ||||||
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日本の印象を書くとしたら、こんな風にも書ける。 関西国際空港からホテルへのドライブは約1時間かかった。 街の中は建物でぎっしりなので、道路全部が地面には収まりきれない。 というわけで、道路の上に道路が重ねて建設されている。 ここでは3つや4つの道路が重なっていても珍しいことではない。
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| 信じがたいheavy metal bar | ||||||
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ソウル、大阪、名古屋の後でも、東京は疑い無く大都会と言える。 信じられないくらいの人口。 彼らの前回の東京訪問の際は休日があったが、今回は時間がない。 2日間に2回のライブがあり、その間にインタビューがある。 例えば、JanneとAlexiはレコード会社Toy's Factoryへと招かれ、インタビューを受ける。 WirmanはBurrnから前回のアンケートでメタル界最高キーボード奏者賞を勝ち取ったため、トロフィーを受け取る。 バンドのメンバーはレコード会社やプロモーターからのプレッシャーがあったものの、東京でのライブは模範的に進んだ。 夢中になったファンたちはAlexiに合わせて歌い出す。 その後、メンバーはプレッシャーを解くため、バーに向かう。 彼らについてきたファン達の薦めで彼らはPub With Dokkenに行く。 「ここは驚くべき場所だ。バーテンダーに好きなビデオをリクエストでき、自分の期待に応えてくれる。」とKippoは他のメンバーに語った。 2回目のライブもほとんど完璧だった。 Laihoはエキサイトし、最後にはオーディエンスの真ん中へと飛び込んだが、その後またステージに戻された。 「あれは一生のうちでも最高のライブの一つだろう。」とJaskaが微笑みながら言った。 彼らはHard Rock Cafeへ打ち上げに出かけた。 誰かが叫び声を上げ、彼らを空中へ持ち上げた。 最後の夜の気分は最高潮に達し、その後メンバーはお気に入りとなったDokkenに向かう。 翌日は朝7時の出発、誰にも寝る時間など残らなかった。。。 | ||||||
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