<Inearthed時代>
 Children Of Bodomはフィンランドの首都Helsinkiから10km程離れたEspoo出身のバンド。

 1993年、AlexiJaskaが中心となり、Inearthedを結成。後にAleHenkka、キーボード担当のJ.Pirisjokiがバンドに加わり、2作のデモテープを作成。
 1作目「Ubiquitos Absence Of Remission」は1994年にレコーディングされ、4曲収録。(余談ですが、リフやメロディーラインなど、SINERGYの「BEWARE THE HEAVENS」に使われているものもあります)
 1996年2月に2作目「Shining」をレコーディングし、全作と同じく4曲を収録。(「Towards Dead End」の元となるアコースティックバージョンのリフが聴けます)デモテープとしては、なかなか良い出来ということですが、現在のChildren Of Bodomのサウンドとはかなり違うメロディックデスメタル。

 キーボードのJ.Pirisjokiが抜け、(抜けたのかクビになったのかは不明・・)現キーボード担当でもあるJanneが加入。当初「Something Wild」のレコーディングのみ参加ということで加入したが、その後正式なメンバーとなる。
 そのInearthed版「Something Wild」は元々ベルギーの小さなレコード会社から発売する予定であったが、Thy SerpentSami Tenetz「Something Wild」のデモテープをSpinefarmの社長に聴かせたところ大変気に入り、契約することとなる。ベルギーのレコード会社とは契約を切り、正式にSpinefarmと契約(3枚のアルバム契約)するため、バンド名をInearthedからChildren Of Bodomに改名。


<Children Of Bodom>

1997

 1997年末にデビューアルバム「Somthing Wild」をSpinefarmよりリリース。

 「Children Of Bodom」というバンド名の由来は、1963年にヘルシンキから約20km北にあるBodom湖で実際に起きた、フィンランド史上最悪とも言われるオソロシイ殺人事件から来ている。(ちなみにこの事件は未解決のままである)
 4人の10代の若者がBodom湖でキャンプ中、うち3人が何者かに斧で惨殺された。その後、残った1人も気が狂ってしまい、今でも治療を続けているらしい。そして結局犯人は捕まらないままである。

 1997年11月にSpinefarmから「Something Wild」がリリースされた直後、Nuclear Blast Germanyと契約し、Children Of Bodomはフィンランド以外の国でも注目されるようになる。そしてシングル「Children Of Bodom」を限定発売。このシングルはプロモーション活動なしに、フィンランドのチャートで10週連続1位を獲得した。

1998

 その後の動きは急激に活発になり始める。
 最初のNuclear Blast Tourは、HypocrisyBenediction、そしてCovenantと共に1998年2月に行われ、大成功。ただし、Janneは高校の期末試験のためツアーには参加できなかった。(Janneの代わりに友達のErnaがヘルプで参加)
 2度目のNuclear Blast TourもJanneは参加できず、Night In GalesDismemberAgathodaimon そしてRaise Hellと共に9月に行われた。今回、キーボードとしてはAlexiのガールフレンドでもあるKimberly Goss (ex-Dimmu Borgir/Therion、現SINERGY) が代役を務めた。


1999

 その間、幾つか新曲も出来上がり(ほとんどはAlexi Laihoが作曲)、セカンドアルバム「Hatebreeder」のレコーディングが行われた。また、このアルバムが発売される直前には、Stone「No Commands」のカバー曲を含むシングル「Downfall」をリリース。また、Sepultura tribute album「Sepultural Feast」("Mass Hypnosis"のカバー)にも参加。

 1999年初旬には2ndアルバム「Hatebreeder」がリリースされ、大成功。
 同じ年の7月7日〜14日にIN FLAMESのオープニングアクトとして初来日。大阪1本、東京(クラブチッタ)で2本、合計3本のライブを行い、チケットは全て完売。東京公演2日間はレコーディングされ、1999年10月にライブアルバム「Tokyo Warhearts」が10枚のフォトカード付きCD-BOX仕様で限定発売される。


2000

 2000年5月初旬、シングル「Hate Me」をリリースし、フィンランドにてプラチナムを獲得。その後フィンランドのロックフェスティバル「TUSKA」(7月7日)と「ILOSAARI」(7月8日)に出演。10月には3枚目のアルバム「Follow The Reaper」をリリースし(フィンランド限定3000枚デジパック。国内盤はTOY'S FACTORYより12月20日発売)。フィンランドオフィシャルチャート・アルバムトップ40で初登場3位となる。


2001

 2001年4月には2度目の来日公演も決定!!Dark Tranquilityとのダブルヘッドライナーで大阪HeatBeat、名古屋Bottom Line、東京On Air Eastで2本、合計4本のライブを行った。その後地元フィンランドでのロックフェスティバル「Midnight Partyplanet」(6月22日)と「Nummi-rock」(6月23日)に出演。


<その他>
<ALEXI>
 その他Children Of Bodom以外でもメンバー個々が活動しており、Alexiは、フィンランドのImpaled Nazareneや、SINERGYでも作曲とリードギターを担当。(現在、Impaled Nazareneからは脱退)

 SINERGYは、1999年6月にアルバム「Beware The Heavens」をリリース。2ndアルバム「To Hell and Back」も2000年6月26日に発売された。(日本盤はTOY'S FACTORYから2000年7月19日発売)Alexi以外のバンドメンバーには、「Beware The Heavens」ではJesper Stromblad(IN FLAMES)(IN FLAMES)、Kimberly Goss, Ronny Milianowicz, Sharlee D'Angelo(ARCH ENEMY)「To Hell and Back」ではKimberly Goss, Roope Latvala(Lead+Rythm Guitar), Marco Hietala(Bass:TAROT), Tommi Lillman(Drum:TO/DIE/FOR)が参加。2000年8月より3rdアルバムのレコーディングに入っている。

<JANNE>
 キーボードのJanneは自分のソロプロジェクトWarmenで2000年6月5日に「The Unknown Soldier」をリリース。(日本盤はTOY'S FACTORYから2000年8月23日発売)アルバムにはStratovariusJari KainulainenKimberly Gossそして、Janne弟Antti Wirmanなどが参加。
現在2ndアルバムのレコーディングはほぼ終わっている。